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学校紹介

概要

校長 大保 好博
所在地 〒286-0011 成田市玉造3-7
電話番号 0476-27-0677
ファックス番号 0476-20-6415
メールアドレス jh-tama@narita.ed.jp

在籍数

学年 学級数 生徒数
1年 2 61
2年 2 66
3年 2 64
特支 知的/自閉症・情緒 (12)
合計 191

※令和8年5月1日現在

 

学区の特色

 学区は,八生地区(旧八生村)の上福田・大竹・松崎及び公津地区(旧公津村)の八代と,成田ニュータウンの北部に位置する玉造地区(1丁目から7丁目)から成っている。
 八生地区および八代は,JR下総松崎駅を中心とする地域で、歴史や伝統を重んじ,農業に生活の基盤をおいている。一方,都市部へ通う住民も少なくない。
 玉造地区は,成田ニュータウンの第6住区(玉造小学校区)及び第7住区(神宮寺小学校区)の二住区にわたる集合住宅区域である。都市部へ通う住民が多くを占めている。
 本校に入学してくる生徒は,八生小・玉造小・神宮寺小の3校である。生徒は玉造小及び神宮寺小出身者が95%以上となっている。現在は3校とも小規模校となっているが,入学後は互いによく交流しあっている。
 地域的には歴史は浅いが,学校を中心に地域の行事等を通して保護者同士の親交も深まってきている。また,保護者は教育への関心が高く,学校に協力的である。
 なお,八生地区には古い歴史を持つ千葉県立成田西陵高校があり,玉造地区には千葉県立成田北高校があって,生徒の進路選択にとっても重要な学校である。

沿革

昭和60年4月 開校
 成田空港の整備事業計画一環として,新住宅市街地開発法に基づき造成された成田ニュータウンの居住者の増加にともない,特にニュータウンの中学学齢生徒を収容する中学校の設置を成田市が決定し,昭和60年4月1日に,成田市立玉造中学校として開校した。

校章

玉造中学校 校章校章の由来

 本校の校章は、桜花及びその葉片を章台として、下部に勾玉(まがたま)2基を配し、中央部に、”玉造中”の3文字を、鮮明に、浮かびあがらせてある。その意味するところは、次のとおりである。

 そもそも、”玉造”とは、遠い上代のむかし、古代の貴人たちが愛用した”勾玉・管玉”等の装身具を作っていた人々(玉作部)の住んでいたと伝えられる地であって、東国における古代文化の華が開きはじめたところと考えられる。

 "玉を造る”とは、古来より、粗牢で堅固なまでの石と石とを摺り合わせ、それが美しい光を発するまでに磨きあげるものであって、偉大な忍耐と努力の必要なものである。

 「金剛石も磨かずば、玉の光りは添わざらん」との言葉にあるとおり、学校教育とは、まさに、”玉を造る”さまにも似て、その、みがいて、みがいて、みがきぬかれたもの(勾玉)は、学校の象徴として、誠に、ふさわしいものと考えられる。

 また、下って、中世よりこの方、この地は、古老の伝えるところによれば、山深くして、絶えて人家なく、静かに眠れるがごときところであったという。春浅きころ、この地を訪れる里人が、その緑濃き山あいに、やまざくら、のひときわ丈高く、白き花びらの咲き染めるを見て、麗しき佳人のよろこび舞うさまを想い、ともに、舞い競わんものと、一瓢一箪を持ち寄り、桜花の下、おぼろ月夜に至るまで、時の過ぎるのも忘れて、春の宴に興じたという。

 桜花は、日本第一の名花にして、わが国を代表する花木である。そして、陽春4月、入学式とともに、一斉に開花して、希望に満ち溢れて入学する新入生の頭上に、爛漫として咲き競う。また、炎天下の酷暑には、いとも涼しき緑陰をつくる。

 今、ふたたび、近代的な玉造中学校が、古き歴史の語りぐさを秘めるこの地に出現するに及び、往時を偲んで、多数の桜花を植樹し、これを、みどり多き学びの園としての美観を整える基本とするとともに、ここに学ぶ多くの玉造健児が、時に桜花の下で、時には緑陰で語らいや憩いに心はずませ、希望に満ちた楽しい学園生活の日々に、美しく心を育んでゆくものと期待している。

 したがって、この玉造中学校は、古代の珠玉とともに、桜花をもって学校の象徴としたいと考える。

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